■Astrolabe -- Scientific Instruments of the Past
|
↑アストロラーベと同時代の航海グッズ。
天文アストロラーベは、航海用品に分類されることがあります。海外で調べるならマリタイムミュージアムがおすすめです。
●左上・アストロラーベ1 プラネスフェリック・アストロラーベ。私たちが普通アストロラーベと呼んでいるのものです。写真のものは簡易型アストロラーベの復刻版。航海アストロラーベとともに船に積んでありました。
●右上・謎の円盤(ノクターナル?) ノクターナルは、北天の北極星周辺の星の位置から、時刻を求める円盤です(後述)。これはノクターナルによく似ているのですが、季節のゼロ調整用の円盤がなく、使えません。謎の機器です。
●左下・日時計つきコンパス 方位磁石に日時計がついている、ポータブルの航海用品です。南の方角に日時計を合わせればだいたいの時刻が分かります。 船には、どんなに船がかしいでも水平が出せる大型のコンパスが積んでありましたが、色々なことが起こる海上では船員にとって携帯型は重要なものだったと思われます。このコンパスは復刻ものですが磁石が大きく見やすいです。隣にある方位版のようなものはこれのフタです。
●右下・船用の望遠鏡 コンパスに海図、時計、六分儀があっても、航海で最も確実な運行上の目印は、遠くにみえる陸地や灯台です。さらに海賊船を、むこうより早く発見しなければなりません。4段式の船用の望遠鏡は、船の展望台から遠方を見るためのもので、
18-19世紀にヨーロッパ各国で無数といっていいほど作られました。 いずれも正立像が見られるガリレオ式です。ターゲットは水平線上と決まっているので視野はそれほど必要ないのです。
|
■アストロラーベとは?
アストロラーベは、中世〜19世紀にヨーロッパやイスラム圏で使われた天文計算儀(&観測器)です。
大きく航海用と天文用、そして四分儀の3タイプがあります。ここで扱うのは天文アストロラーベです。直径10-30cmくらいの真鍮の円盤数枚がとじられた、平たい天体用の計算装置です。(まれに天球儀のような3次元型のアストロラーベもあります)
天文アストロラーベはひとくちでいうと、ある場所における、好きな日の太陽・明るい恒星、黄道12宮の出没や高度方位を計算する、主に占星術師のための計算機、となります。(月、惑星は計算できません)
少なくとも10世紀にはイスラムで誕生して使われており、10世紀の有名な天文学者アル・スーフィはアストロラーベの使い方を1000種類も書いた著作を残しました。日の出日の入り、一等星の見える高さなど、イスラム関係の行事に役立っていたようです。その後、数世紀にわたりイスラムで発展し、ルネサンスの頃ヨーロッパに伝わりました。 ヨーロッパで製造された最古のアストロラーベは15世紀リスボンのものと言われていますが、
14世紀のイギリスの作家チョーサーがアストロラーベの使い方を書いているので、実際はもう少し前からつくられていたと想像されます。 ヨーロッパでは星占いが流行っていたこともあってすぐに広まり、アストロラーベはほぼ発明された時の形のまま、イスラム・ヨーロッパ双方の占星術師・天文学者・航海関係者らに、19世紀ごろまで長く使われました。
アストロラーベは、今まではよく航海アストロラーベと混同されて「天体の高度を測る機具」とされたり、「昔の星座早見盤のようなもの」と紹介されたりしていました。そういった機能もあることはあるのですが、主要な用途ではありません。 太陽や天体の高さは、裏面で、360度目盛りとアリダードという両端に穴のあいた棒で測定できます。しかし天体の高さを測るだけなら、表はいりません。 また、アストロラーベは、星座早見盤のような実際に見える形の星座ではなく、東西に反転した「裏返し」の星座を使っています。星座早見盤とちがって北天を中心としていて、南天は非常にみにくい、というより投影できません。
星座早見盤は、全天の星座をそのまま丸く描いただけなので、ゆがんではいますが南天の地平線の下まで星座がわかります。しかし、アストロラーベの投影方法は球を平らにのばすような方法なので、黄道の南はしくらいが限界で、横浜の南の地平線近くの星座を入れようとすると同縮尺で何倍も大きい円になってしまいます。 アストロラーベで星座は探せません。アルデバランやベガなどの明るい星の高度や方位がわかるだけです。
占星術師たちがほしい情報は、「○年×月△日の*時に、太陽は黄道12宮のどこにいて、東の地平線には何座宮がのぼろうとしていたのか」などです。答えは、アストロラーベを回して目盛りをよむとわかるのですが、アストロラーベの素晴らしい点はその結果が視覚的に表現されていることです。天文学者でも、天体の位置関係は数字だけではぴんとこず、図をかいて調べますからね。 こういった星占いのこと以外にも、色々な天文計算ができる、大変よくできた装置でした。
|
↑近年の美術オークションで落札されたアストロラーベの一部。
|
■現存するアストロラーベ
アストロラーベの魅力は、見た目の美しさ、そして構造のシンプルさではないでしょうか。1つあれば、それを参考にしてコピーも作れるくらいのものなので、多くの職人が腕をふるっていて、ヨーロッパでは様々な町の博物館で陳列されているアストロラーベをみることができます。
英国マリタイムミュージアムやオックスフォード大学のように数十個以上もっている博物館もあり、また個人収集家、個人の骨董店に多数流れており、今も時々、ヨーロッパの骨董・美術品オークションに本物が登場しています。 ヨーロッパの大きいオークションだけでも、ざっと調べて過去5年で5-60個ほどのアストロラーベが出されていました。これらを追跡すると、少なくとも1000個以上は、本物が世界各地(特に個人のコレクション)に残っていると思われます。
各都市の海事博物館のアストロラーベや、オークションに登場するものを調べていると、まったく同じデザインのものが見つからないことに気がつきます。細部まで丁寧に装飾されているものが多く、作り手は美術品としてこだわって作っていたのでしょう。 ビクトリア朝時代のものはリートが唐草模様になっているし、中東やインドで使われたものは、黄道12宮も目盛りもアラビア語で書かれていて、異国情緒あふれています。
さてこういった本物のアストロラーベのお値段は...?ロンドンのサザビーズ、パリのクリスティーズ等では、安めの品で数十万円、多くは数百万〜一千万円ほどで落札されています。
Yahoo!やeBayなどの庶民派ネットオークションに慣れた私たちには、ビックリするお値段ですが、骨董美術としては普通の価格のようです。 本物はちょっと手が出ませんので、ここでは現代のレプリカを使って解説しています。
|
↑アストロラーベ2.本物のアストロラーベと同じ構成のレプリカ。 マーテルが本体で、それに各円盤をポストというくいで止めます。ホースとはポストに差し込んで止めるピンです。
↑アストロラーベ3、本物と同じ構成のレプリカです。
↑この項の一番上の写真のものを組み上げたところ。表です。このアストロラーベは、目盛りが金属面を彫って描かれているので、写真では読み取りにくいです。
↑裏面。アンティーク仕上げなので年代ものにみえますが最近のものです。大きさはジャストCDサイズ。
|
■アストロラーベの構造と部品名
アストロラーベの部品は、どうもよい邦語訳がありません。ここでは、ラテン語と思われる原語そのままで表記します。
●マーテル(Mater) アストロラーベのオモテ面は、円周にぐるりと24時間の時刻目盛と、360度の角度目盛りがふられたマーテルという土台が一番下にきます。外側以外は通常、何も書かれていません。
●ティムパン(Tympan) マーテルの上に、その場所の高度方位の座表線が入ったティムパンという円盤がのります。ティムパンは、その土地の緯度ごとに違うので、入れ替えて使います。
●リート(Rete) さらにティムパンの上に、星図を表すリートという、あちこちくりぬかれた円番がのります。リートには、黄道12宮のほか、シリウスやアルクトゥールスなどの目立つ恒星も描かれています。 しかし、このリートの星を、南を下にしてよく見てください。 オリオン座はベテルギウスが右上、リゲルが左下にきます。そしてオリオン座の右側、つまり西にシリウスがきます。普通に夜空をみた様子と、東西にひっくりかえっているのです。 アストロラーベの特徴の1つは、星空が東西反転で表現されていることです。(ティムパンもよくみると、実際の夜空と地平線の東西がひっくりかえってます。)実際の星空と照らしあわさず、あくまで出没計算機と思えば、何とか慣れてきます。古い西洋星図はこのように東西反転で描いているものも多く、
19世紀以前のヨーロッパの天文関係者にとっては特に問題なかったようです。 さて、リートの装飾や作り方はとても種類が多く、アストロラーベの美術品としての価値を高めています。数個の星を記載したシンプルなものから、100近い恒星を描いたサイエンス性の高いものまで、色々あります。
●ルール(Rule) 以上で、アストロラーベ表面としての機能ははたせますが、さらにリートの上に、太陽の位置を固定するためのルール(定規)がついているものが多いです。
●裏面 裏面は、表面のマーテルの裏が土台になります。裏の円周には、360度目盛りと黄道12宮、そして何月何日という、1年の日付目盛りが並んでいます。 日付の目盛りから、調べたい日を探し、その部分の黄経目盛りをよめば、それが太陽の黄経、つまり黄道上の太陽の位置が出ます。
裏面の中央部分は、上が太陽高度から時刻を導く曲線、下半分は三角関数計算用のグリッドが描かれることが多いですが、特に何もない場合もあります。
●アリダード(Alidade) 裏面にリートのようなものはなく、アリダードという、直径分の長さの定規のような棒がついているだけです。アリダードは上下が折れ曲がり、そこに丸い穴があいています。それで、アストロラーベをひもでつりさげ、陰を利用し太陽の高度を測定するのです。方法は、アリダードの上下の先にあいた穴の影が地面に投影されるように、アリダードを回し、固定します。そのアリダードの傾きが太陽の高度です。
ところが星などの天体は、太陽のように影ができません。影ができないものは、アストロラーベを眼の高さにつって、アリダードのへりにそってちょうど視線の延長上にその星が見えるところまでアリダードを回して測定します。 ここでは、アストロラーベは手でにぎって観測してはいけません。必ずヒモで吊り下げて下さい。ぶら下げることで水平を出しているのです。
●ポストとホース(Post,Horse) 各部品を止め、回転させる中央のくいがポスト、ばらけないようにポストに差し込んで止めるピンがホースです。このポストがつまり北極星なのです。ホースには、馬の顔が描かれているものもあります。
|